学ぶ終活

お墓、葬儀、供養のほんとうの意味

離檀(りだん) 寺離れについて考える

      2016/08/17

こんにちは。十村井満です。

今日は離檀(りだん)について考えます。

離檀ってなに?

別れはいつだって辛く、哀しく、見苦しいものです。
離婚に、破局に、離檀に・・・

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まずは基本的なことから確認しておきますね。

離檀というのは、「檀家(だんか)を離れる」という意味です。

先祖代々を供養して下さるお寺を、「菩提寺(ぼだいじ)」や「旦那寺(だんなでら)」などと呼びます。
そして、寺院に所属する各戸のことを総称して「檀家」と呼びます。

この菩提寺と檀家の関係を、「寺壇関係」と呼び、これを断ち切ることが離檀なのですね。

檀家ってなに?

では、檀家って何なのでしょうか?
どうしてそのお寺と付き合いをすることになったのでしょうか。

現在も続く寺檀関係は、江戸時代に始まった「寺請制度」が生きたまま続いていると言えます。

江戸幕府は、キリスト教などの異教徒を排斥するために、すべての民衆にどこかのお寺の檀家になることを義務付けました。
これに逆らうものは非人扱いとなり、社会生活から除外されてしまったのです。

「どこかのお寺の檀家」とはいえ、江戸時代は現在ほど交通が発達したわけではなく、
自分たちの住む村の寺院が、必然的に菩提寺なりました。
この寺院が、村の各戸の葬儀や法要といった死者や先祖の供養を独占的に取り仕切り、
あわせて幕府公認で戸籍の管理も行いました。

死者の戸籍を「鬼籍」なんて呼びますが、生者も死者もお寺が管理するわけですから、
これはもう、完全に村人の監察機関になってしまうわけですね。
当然、権力や金銭が集中しますから、汚職の温床になってしまい、全うな宗教活動がなされない例もたくさんあったようです。
つもりにつもった民衆の怒りが明治の廃仏毀釈(苛烈な仏教弾圧)の過激化を引き起こしたのでしょう。

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本来、お寺は檀家のもの

お寺というのは、そこに住む住職のものだと考える方が多いのですが、
実は、お寺は檀家みんなのものなのですね。

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自治会を考えてみてみましょう。
みんな自治会費を払いますよね。
んで、年に数回の掃除やら、もろもろのことに必要なお金をその自治会費から支払いますね。
お寺の運営も、本質的にはこれと同じです。

お寺によっては、檀家が一丸となって
「俺たちが住職を支えるんだ」という意識でお寺の世話をする地域もあります。
住職は本山からやって来るわけですから、
お寺は住職のものではなく、檀家のものなのですね。

現在でこそ、お寺の世界も世襲が当たり前ですが、
明治政府が寺院の還俗化を推進するまで、真宗以外の寺院は妻帯を禁じていました。

檀家が集まって法要する時にはお布施を持ち寄る。
本堂や境内の建物を修繕するときには檀家がお金を寄進する。
お葬式の時には住職にお布施を包む。
これらはすべてお寺の会計に納められ、住職はそこから給料をいただく、というのが建前です。

檀家がお寺を支える。
これが本来の寺院と檀家の関係のはずなんですが、実際はそうではないですよね。
じゃあ、さきほどの会計の権利は誰が持っているのかということですよね。
会計役を檀家にしてもらうところももちろんあるようですが、
ほとんどは住職管理になっています。

お骨は人質

すごい悪い書き方してます。
ただ、たとえやすいんで、あえてこう表現しました。

お骨は人質です。いや、「骨質」です。

離檀はお墓がお寺の境内にあるかないかによって、煩雑さが大きく変わります。

先祖代々の墓

お墓がお寺の境内にない場合

お寺に対してはなんとも失礼なやり方ですが、
ある日突然、お寺との縁を切れば、お寺としては追跡のしようがない。
「代が変わって、〇〇さんの家の人はどこに行ったんかわからん」
というお寺さんの愚痴は、よく聞きます。
本当に、その寺院と縁を切りたいのなら、思いっきり断絶すれば、できなくはありません。

お墓がお寺の境内にある場合

この場合、遺骨の行方が問題となります。
改葬(お墓や遺骨のお引越し)をするには、墓地管理者である寺院の承認がいります。
こうなると、離檀についての理解を求めなければなりませんからね。
寺院と対面したうえで、こちらの意志を主張しなければなりません。

中には、お墓もそのままで音信不通という方もいます。
でも、それはやめましょう。
寺院に対してだけでなく、ご先祖様に対しても、失礼で残念な行為です。

お寺にお墓があると、墓地の管理者と先祖供養の祭祀者が同じ

もう一度整理しますが、
あなたのお墓がいまどこにありますか?
これはかなり重要な要素です。

〇公営墓地
〇民営墓地
〇村などの共同墓地

これらであれば、なんら問題ありません。
必要な手続きさえ踏めば、あなたのしようとする改葬や墓じまいを妨げる者はないでしょう。
寺院は、あなたのお墓の権利に口を挟むことなんてできないですからね。

ところが、寺院墓地の場合は厄介です。
この場合、寺院は墓地の管理者でもあり、先祖供養の祭祀者でもあるからです。
そのお墓を手放すということは、同時にお寺とのご縁も切ってしまう、そのお寺による供養を今後拒否する、ということになりますよね。

言い方が大変悪いのですが
公営、民営、共同墓地の場合は、
ひっそりと墓じまいすれば、
こちらから何も言わない限りお寺は何もわかりません。
十村井はこういうやり方は好みませんが、
現実、フェードアウトするようにお寺から離れていく人は数多くいます。

ところが、寺院墓地だとそうはいかないですよね。
お墓は寺院の境内にありますから、
ひっそり墓じまい、なんてできるわけがありません。

寺院側の想い

たとえば、田舎のお寺で、
跡取りはもう何十年も都会に出て帰ってこない。

こういう理由であれば、お寺側も理解されるでしょう。

でも、

「お寺付き合いがわずらわしいから」

というような理由の場合は、ちょっと精神的にしんどいですよね。

もちろん、離檀そのものは檀家側の当然の権利です。
でも、お寺側としてはそれはあまり好ましいことではないですよね。

1件の檀家が減るとそれだけ収益源が減る。

・・・というのはもちろん無視できない現実的な悩みです。

でも、それだけではないでしょう。
これまでずっとお寺と家の関係を続けることで、その家の先祖供養を任されていたわけですから、
そんなおうちとの離別は、お寺そのものの否定になってしまいますからね。

もちろん、このような墓離れ、寺離れは、
お墓という供養のシステムや、寺院側にも原因はあるでしょうが、
社会構造上避けられないという側面もあります。
あんまり長くこのことに触れると話がちがう方向に言ってしまうので、
詳しくは「葬式仏教で何が悪い! お寺さんの役割を考える」を読んでみてください。

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離檀料

離檀をするためにもお金が必要なのかと、唖然とする方も多くいるでしょう。
たとえば墓地購入時の契約の中で、
「離檀の時には○○円の離檀料を支払う」
などの条項が取り交わされている場合は必要です。
(※そんな契約、見たことも聞いたこともありませんが・・・)
しかしそうでなければ離檀料は必ずしも必要なものではありません。

現実に、離檀料を請求されるケースはあるようですね。
何十万円、何百万円というケースもあるとか。
とんでもない額ですよね。そんなのすぐに用意できるわけがない。
これは暴挙と言わざるを得ません。

よく、お布施の額を問うと、こう答える寺院が多いのです。

「お気持ちで」

同じように、離檀する時も、「お気持ち」でいいのではないでしょうか。

ただ、何もない、というのはあまりお勧めしません。
いくらかは包まれた方がいいと思います。
別れの際にはきちんとした挨拶が礼儀です。
これまでの寺院の供養に、感謝の気持ちを込めて。

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今日もここまで呼んでいただき、ありがとうございます。

別れはいつだって見苦しいものです。
でも、その見苦しさから逃げることなく向き合うのが礼儀ではないでしょうか。
お寺も人間、檀家も人間。
人間関係をひとつ終えるのです。
相手を思いやりながら、こちろの気持ちを伝えましょうね、お互いに。

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